「思い出せよ」
「そんな事言われても」
「じゃあさ、今日の放課後、付き合えよ」
「え?」
「一緒に繁華街に行ってくれ。現場に行けば思い出せるかもしれない」
「ヤダよ」
全身で拒絶する。
「なんで?」
「なんでって、だって、あんなトコロにまた行くの? だいたい、未成年がウロついてたらすぐに補導されるよ。捕まったなんてのが家とか学校とかにバレたら大変だし」
「大丈夫だよ。俺たち毎日行ってるけど、捕まった事ねぇし」
「毎日行ってるの?」
素っ頓狂な声をあげる。慌てて両手で口を塞ぐ。同級生が数人振り返った。また噂にでもなるのだろうか? 蔦の誤解は早めに解いておいた方がいいだろう。
「やめなよ」
「大丈夫だって。見つかった事ねぇし」
「見つかってからじゃ遅いでしょ」
「美鶴がウロついてるかもしれねぇんだぞ」
凄みを含めて見下ろされ、ツバサは口を噤んだ。
「わかったよ」
ゆっくりと口を開く。
「じゃあ、放課後付き合ってくれるのか?」
「それはできない」
「じゃあ、何がわかったんだよ?」
「私から聞いてみる」
「へ?」
「ようは、マンションを出てから毎日夜をどこで過ごしているのかがわかればいいんでしょ?」
「まぁな」
「だったら私が聞いてみる。私だって、美鶴が繁華街で補導されたなんて話、聞きたくないもの」
だが、ツバサが昼休みの美鶴を何度直撃しても、彼女が口を割る事は無かった。
「涼木さんもダメ、か」
瑠駆真は電車の中で一人ごちた。乗り慣れない路線は新鮮で、乗客の視線が少しは気になる。だが、今の彼はそれどころではない。
美鶴がマンションから姿を消して十日。放課のたびに彼女を捕まえようと試みてはいるが、いつも失敗に終わっている。そのたびに瑠駆真は、誰もいないマンションへと一人で帰る事になる。
「お前が美鶴の部屋へ押しかけたからこうなったんだ。自分の家へ戻れ」
聡からそう詰られた。もっともだと思う一方で、でもここで引くのは、負けを認めるような気がして、なかなか美鶴の部屋を出る決心ができない。
部屋へ押しかけたのは、美鶴を見張る為、繁華街から遠ざける為であり、霞流慎二から引き離す為でもあった。ならば美鶴が姿を消してしまった今となっては、瑠駆真に居座る理由など無いはず。だが、同居を心に決めるのに、瑠駆真だってそれ相当の決意はしたのだ。彼女を説得し、ラテフィルへ連れていくまでは出て行かない。そう決めたのだ。美鶴が姿を消したからといってその途端に身を引くのは、瑠駆真としては納得ができない。
必ず見つけて、連れ戻してみせる。
だが美鶴は、いつも放課になるとどこかへと姿をくらましてしまう。あれ以来、駅舎を開けた形跡は無い。
昨日、尾行に成功したかに思えた。放課と同時に教室を飛び出し美鶴の姿を捉え、居場所を突き止めようと後をつけた。聡に連絡しようかとも思ったが、携帯を取り出す時間も惜しくてやめた。一瞬でも美鶴から視線を外したら、次の瞬間にはその姿がどこかへと消えてしまうような気がして、携帯の画面なんかに目を向けることなどできなかった。
美鶴は電車に乗り、木塚駅で降りた。この辺りでは中心となる駅だ。人通りも多い。見失わないように後をつけた。裏路地に入った。狭い路地を進む姿に、ふと過去が脳裏を過った。
彷徨うような美鶴の姿を見つけたのは、秋だっただろうか? 雨に濡れていて、体調が悪そうだった。保護するつもりでタクシーを呼んでマンションまで送っていった。部屋について落ち着いたかに見えたが、テレビを見ていて突然体調を崩した。顔色の悪い美鶴に、シャンプーの香りを使った。
落ち着く姿を見ながら、なぜだか今度は瑠駆真の胸に小波が立った。
あの香り。
思い出して、また胸がざわめいた。気づかぬうちに足を止めてしまっていた。路地を歩く美鶴の姿は消えていた。
あの香り。
乗り慣れない路線の車両。扉に凭れ、車窓を眺める。梅雨入り間近と言われながら、まだ発表は無い。
あの香りが漂った瞬間、なぜだか霞流の顔が浮かんだ。
「よい香りですね」
あの庭のどこかで香っていたのだ。そう、あの富丘の庭のどこかで。
珍しい香りだと思った。そうそう簡単に手に入るシャンプーではないと思う。それがなぜ美鶴の部屋の浴室に? 詩織の趣味か?
違うと直感する。
あれは、美鶴が手に入れたのだ。
なぜ?
唇を噛み締める。
霞流か。
美鶴の姿を追いかける時、霞流を無視する事ができないのは、もはや認めざるを得ない事実だ。
美鶴の姿を駅裏で見失ったのが昨日。今日、彼女は学校を休んでいる。
自分が後をつけていたのに、美鶴は気付いていたのだろうか? 自分を振り切るためにあんな路地裏に? それとも、あの路地裏に居場所があるのだろうか? だとしたら、僕に知られそうになったから、場所を変えるために今日は休んだとか?
携帯にメールをしても、返事が返ってくるはずはない。着信を残しても、折り返し電話なんてしてくれるはずもない。
なんとか、なんとかこの状況を打破しなければ。だが、美鶴が身を寄せるような場所なんて思いつかない。母親ですら見当がつかないというのに。
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